
人的資本経営とは:有価証券報告書に「人」の情報が載るようになった理由
人的資本経営は、人的資本(人材)の重要性を認識し、経営戦略と連動した人材戦略を実践することで、持続的な企業価値の向上につなげようとする考え方です。この記事では、それがなぜ有価証券報告書(有報。会社が出す事業の報告書)に書かれるようになったのかを、2020年から2026年までの流れで整理します。人事・労務の担当者と、人事を目指す受験生に向けた記事です。
2020年〜2022年:考え方が示された
経済産業省は2020年9月に、通称「人材版伊藤レポート」を公表しました。続いて2021年7月から「人的資本経営の実現に向けた検討会」を開き、2022年5月に報告書「人材版伊藤レポート2.0」を公表しています(経済産業省「人的資本経営」ページ)。
2.0の報告書には、経営陣が主導する人材戦略について「3つの視点と5つの共通要素」が示されています。これは2.0で新しく出たものではなく、初代のレポートが示した枠組みです。2.0は、それを人的資本経営で具体化するために、実行する取組やポイントを深掘りした報告書です。
- 3つの視点:経営戦略と連動しているか/目指す姿と現状のギャップを把握できているか/行動変容を促し、企業文化として定着しているか
- 5つの共通要素:動的な人材ポートフォリオ、知・経験のダイバーシティ&インクルージョン、リスキル・学び直し、社員エンゲージメント、時間や場所にとらわれない働き方
2022年8月30日には、内閣官房が「人的資本可視化指針」を策定しました。人材育成、エンゲージメント、採用、ダイバーシティなど、どんな項目を開示できるかの例を示した指針です。ただし指針は、付録の事例について、自社独自の開示を検討するための参考としての例示だと断っています。
2023年1月:有報に「人」の記載欄ができた
2023年1月31日、金融庁が「企業内容等の開示に関する内閣府令」(開示府令)の改正を公布・施行しました。2022年6月の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告での提言を受けた制度整備です。
- 有報に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設
- 人材の多様性の確保を含む人材育成の方針、社内環境整備の方針、その指標の内容等を、必須の記載事項に
- 女性活躍推進法等に基づいて「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」を公表する場合は、有報にも記載
適用は、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有報等からです(金融庁「開示府令等の改正案に対するパブリックコメントの結果等」2023年1月31日)。3つの指標は、公表する場合に有報にも書く、という条件つきである点に注意してください。
2026年2月:戦略と給与の話が加わった
2026年2月20日、開示府令がふたたび改正されました(公布・施行)。有報の「従業員の状況」は「第4 提出会社の状況」に移り、新たに次の開示が求められます(金融庁、2026年3月19日更新のページ)。
- 連結ベースの企業戦略と関連付けた人材戦略
- それを踏まえた従業員給与等の決定方針(提出会社についての方針に限定できる場合あり)
- 提出会社の従業員の平均給与の対前年比増減率
適用は、2026年3月31日以後に終了する事業年度に係る有報等からです。金融庁は、2025年6月に公表された政府の方針文書で人的資本に関する開示の拡充が提言されたことを背景に挙げています。
2026年3月:指針も改訂された
2026年3月23日には、人的資本可視化指針が改訂されました(内閣官房・金融庁・経済産業省)。改訂版は、2022年の指針について、経営戦略と人材戦略の連動は「重要性の指摘にとどまり」、具体的な考え方やステップの記述は限定的だったと振り返っています。投資家からも、必要な人的資本投資が行われているかという観点での情報開示が不十分だという声がある、と書かれています。
流れのまとめ
筆者は、この流れを、開示の中心が「人材に関する数字を並べる」ことから、「経営戦略と結びついた人材戦略と、その指標を示す」ことへ移ってきたと読んでいます。有報を出す会社だけでなく、自社の人事施策を経営の言葉で説明する場面は、これから増えていくかもしれません。
なお、制度は改正が続いています。実際の記載は、必ず金融庁と内閣官房の原典で確かめてください。
女性活躍推進法は、社労士試験では「労務管理その他の労働に関する一般常識」の範囲です。有価証券報告書に載る女性管理職比率・男性の育児休業取得率・男女間賃金格差は、女性活躍推進法や育児・介護休業法による公表の決まりとつながっています。どの法律の、どの規模の企業に求められている公表かを分けて整理しておくと役立ちます。
